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2006.08.30

索道メーカー 安全索道 ~会社の概要

安全索道(株)は、1915(大正4)年10月18日に大阪市で安全索道商会として創立され、索道業界に永く君臨していた名門企業である。

創業後早い時期から三井物産と資本関係にあり、物産が総代理店として営業でも強い結びつきがあったが、2004年度に物産は株を手放し、日本ケーブルのオーナーである大久保家関連の会社が出資する事になった。

2005年3月期の売り上げは29億円で、日本ケーブルと大差がつき、トップ企業の面影はない。ただし、日本ケーブルの売り上げのうち、索道関連がどの程度あるか不明なので、索道業界内でのシェアの差はこの売り上げの比率ほどは開いていないと思われる。

後述するように大阪で創業し、永らく大阪市内に工場もあったが、1975年に滋賀県水口町に滋賀工場を開設し、1977年までに本社及び工場を全面的に滋賀に移転した。大阪から滋賀への移転に際しては、社内で大きな動揺があり、一部人材の逸散なども発生したため、業績へのダメージもあったらしい。これを業界トップから転落した理由の一つにあげる人もいるようだ。

現在、滋賀県水口町の本社・工場の他、長野に支店を、札幌と仙台に営業所を置く。最盛期には東京にも支店を置き、営業所を新潟・松本・名古屋・広島にも持ち、さらに白馬・高山(一時は新井にも)にサービスセンターを置くという体制で、日本ケーブルよりも地方拠点が充実していた。

長い間あった業界トップの座を日本ケーブルに奪われ、バブル期のリゾート開発ブームの時代に差がますます広がったようだが、性能・品質に大きな違いがあったとも思えず、なぜこのような結果になったのか不思議だ。バブル期の大規模リゾート開発には、これまでスキー場業界との結びつきがなかっり、弱かった資本が多く入ってきたために、必要以上に日本ケーブルのトップシェアという地位が評価された結果かもしれない。もしもそうだったとしたら、まるで現在のIT業界のようだ。あるいは、大規模開発に商社が絡む事もあったので、安索が三井物産系である事が不利に働くような事もあったかもしれない。

現在では大差がついてしまったとはいえ、今も二位メーカーであるのは確かであり、過去の実績も多いのでメンテナンスの受注に活路を見出す状況であるようだ。

本業に直接関わる関連会社として、信越索道メンテナンス、安全土木工事を持ち、外注という形態で業務を分担しているようだ。
※安全土木工事はサイトから消えており、関係がなくなったか整理したものと思われる。

◎沿革
日本における索道メーカーの草分けである同社の歴史は、日本の索道史にも匹敵しよう。

日本における索道技術は、足尾銅山が先駆者的な地位にあり、同鉱山において索道を担当していた玉村勇助が1907(明治40)年に玉村工務所を創立、日本初の索道メーカーとなった。

一方、紀伊山地において山間部の貨物輸送機関として索道を用いる構想が生まれ、その計画を主導し、機械品の輸入・架設工事を担当した英国商社ジェームス・モリソン商会の大阪支配人であった石田美喜蔵は、索道に将来性を見出し、同商会を退職して1915(大正4)年に安全索道商会を創業した。同商会創業にあたって石田氏は機械の国産化を図り、日本の索道メーカーは、東の玉村工務所、西の安全索道と東西2社体制となった。安索では、創業後間もない1918年に三井物産と総代理店契約を結び、その後は同社の資本も入り、密接な関係となった。

貨物索道で実績を積みながら、比較的早い段階で旅客索道にも目をむけ、独自に三線自動循環式旅客索道の実験線を設けるなど同方式の実現に傾注したが、国内初の実用旅客索道(それ以前は遊園地と博覧会)である矢ノ川旅客索道は、必要輸送力と投下資本の関係で単線自動循環式となり、その後に実現した旅客索道は全て交走式となり、戦前には三線自動循環式が日の目を見ることはなかった。戦前に開業した旅客索道12本中5本が同社の製品であり、この内、1929年に開業した吉野ロープウェイは、戦中も運転を続け、現在も健在である。

1939年に社名を現在の「安全索道」と改め、国内はもとより、当時、日本勢力下にあったアジア各地に貨物索道を架設した。

戦後はいち早くスキーリフトに取り組み、貨物索道を改造した米軍向け藻岩山スキーリフトや国の正式な認可をとった第一号のリフトである妙高高原のリフトは同社が架設を担当した。また、戦後初のロープウェイの架設(戦時撤去された機械の整備・再組み立て)となった日光明智平ロープウェイも同社が行っている。

1957年には、国内初となる甲乙(夏冬)兼用リフトに、これも国内初となるバネ式握索機・ゴムライナー索輪を採用、1959年には国内初の5.0m/sのロープウェイ(稲佐山)を登場させるなど国内索道業界をリードした。さらに国内最高所のロープウェイ(中央アルプス駒ケ岳)、世界最長スパンのロープウェイ(立山)、大阪万博会場の自動循環式レインボーロープウェイを建設するなどトップメーカーらしい実績を残している。

レインボーロープウェイ
レインボーロープウェイ:大阪万国博覧会会場内の三線自動循環式普通索道
運営は近鉄が行った。

1972年にはポマガルスキー社(フランス)と技術提携し、世界的に普及しつつあった単線自動循環式普通索道を国内で初めて建設(五竜とおみテレキャビン:1973年)、した。さらに1976年には、国内初の屈曲リフトを野沢温泉に架設、1982年には国内初の6人乗り単線自動循環式普通索道(栂池)、1983年には国内初の3人乗り単線自動循環式特殊索道(テイネハイランド)、1987年にには国内初の2人乗り単線自動循環式特殊索道(野沢温泉)、1988年には国内初の2支索1曳索の交走式ロープウェイ(函館山)を建設するなど特筆すべき実績を多数残している。

テレキャビン搬器
日本初の単線自動循環式普通索道:五竜とおみテレキャビン
ポマ社の機械を安索が架設。架替えられたが搬器は保存されている。

最近でも国内初の2階建てロープウェイ(新穂高)や国内初の支柱通過速度10m/sの交走式ロープウェイ(八海山)を送り出すなど、技術的難易度の高い製品を送り出しており、トップシェアの地位を譲っても名門メーカーの面目を保つ。

しかしながら、冒頭に書いたように現在では三井物産との資本関係はなくなり(代理店契約がどうなったのかは未調査)、直接的な資本関係はないものの日本ケーブルの軍門に下ったと見る関係者は多い。

※tuneさんからの情報によれば、資本関係の変化によりポマとの提携が終了したとの事。今後の大型案件の受注がどうなるかが案じられる。

次回の記事では、趣味的な観点から見た安全索道製の機械の特徴を解説してみる。


執筆日:2006年8月30日

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コメント

29億円ですか・・。2004年完工の新設があったかどうか知らないのですが、かつての東索・太平並みの数字ですね。もっとも利益は新設よりメンテの方が若干でも確保できるのかもしれません。ひさびさにHPを覗いたら従業員数も減っているし、関連会社から安全土木工事も外されていますね。
ポマとの提携は、資本移動に伴い解消したとのことです。最近の安索ゴンドラはデザイン、性能とも好みでありませんでしたが、新設ラインが今後見られないのは寂しいですね。(ニューおじろゴンドラが最新でしたっけ?)
対してロープウェイ技術については、日ケよりひとつ抜きんでていたと思います。日ケの直接子会社にしなかったのは今後のリプレース等において、ドッペルマイヤ-ガラベンタのように、ゴンドラ→日ケ、ロープウェイ→安索の棲み分けを念頭においているのでしょうか?

レインボーロープウェイって、たしかキャビンが回転するヤツですよね。乗ってみたかった、いや外から眺めてみたかったです。八方尾根の3線循環時代はうっすら記憶にあるのですが、手柄山スカイウェイは写真すら見たことがありません。

投稿: tune | 2006.08.30 21:10

tuneさん、コメントありがとうございます。

安索の2004年度建設実績は、神郷第一スキー場の第1ペア第2ペアがあったのは確認してます。他にもあったかどうかはわかりません。

サイトから安全土木工事が消えてますね。本体と合併したのか、それとも離れたのか・・ ポマとの関係を絶ったのも知りませんでした。デザインはともかく、機械の設計思想はポマのゴンドラのほうがドッペルマイヤーのゴンドラよりも合理的な感じがして、運転側としては使い勝手が良さそうに見えたので評価していたのですが、実際のところはどうだったのでしょうね。ロープウェイの先進的な部分というと、函館山で初採用の握索機による1曳索方式と振れ止め兼用の可動桟橋になろうかと思いますが、どちらもポマの技術と聞いていたのですが、独自開発だったのでしょうか? 1曳索方式は日ケもドッペルからの技術導入は終えていたので受注タイミングの問題であり、可動桟橋は特許問題で簡単に導入できないと聞いてました。日ケでもみつまたでは採用してましたから、特許問題は解決したのか、コクドの影響力ゆえの特殊事例なのか<考えすぎかな? とにかく交走式もポマのとの関係がなくなると苦しいのではないでしょうか?

ポマの在米法人はライトナーと合弁になったようですから、提携解除だとしたらライトナーとの関係もあるのかもしれませんね。

レインボーロープウェイはおっしゃる通り回転式だったそうですね。ごらんのとおり不鮮明な写真はありましたが、乗った覚えがありません。数年前まで伏見桃山キャッスルランドに搬器が残っていたそうなので、実に惜しいことをしました。手柄山の画像は、波多利朗さんのサイトこちらのページにあります。

投稿: こぶ | 2006.08.30 22:23

こぶさん、こんばんは。

神郷第一は、゛スタイルは旧式、形式は最新式゛ペアリフトとして掲載済みでいらっしゃいましたね。失礼しました。

ポマと関係を絶ったといっても、メンテ部品の供給はなされるそうです。しかし、曳索方式等の技術がパテントとすると、いまさら旧線方式に戻るのもなんだし、交走式新設も危ういのかな?もっともこのことは安索だけの事例ではなく、ガラベンタはJFEとの提携継続に難色を示し、ライトナーも樫山との提携を打ち切る(あるいは打ち切った)と伝え聞きながら聞いています。そのうち、CWAと「D」マークしか見つけられなくなりそう・・。

索ヲタのくせに技術・機械オンチの私は、ドッペルマイヤとポマの設計思想の違いについてはまったく無知ですが、利用者(というか乗車者)として「安索のゴンドラは乗り心地がよくないなあ」と思います。①圧索・放索時の揺れ ②圧索輪通過時のガタガタ音 ③支柱間での共振音、搬器ブレ がとても大きい。単にFRP製のキャビン構造の違いが原因かもしれませんが、この点日ケの方が数段優れていると感じます。あくまで印象の話しであり、最近のおじろや焼額山では改善されているのかもしれませんが・・・(書いていて気づきましたが、最新架設は焼額山ですね)。

波多利朗さんのサイトはちょくちょく拝見していたのに「灯台もと暗し」、ありがとうございました。円形搬器だったのですね。これが計4台ありパルス運転をした、と聞いた記憶があります。ちなみにレインボーロープウェイはここで知りました。
http://www5.plala.or.jp/GTM/gondorani.htm
前後頁にキャッスルランドに移設されたキャビンの写真があります。

投稿: tune | 2006.08.31 18:44

tuneさん、コメントありがとうございます。

安索とポマの提携解除は、これまで提携により内製できていたパーツが購入という形になるならメンテ業務の利益率が悪化しそうですね。既提供済みの製品の内製が可能なら、保守業務への影響は小さそうですが、物件は少ないとはいえ新規の大規模索道への対応は難しくなりそうですね。
JFEメカニカルは新設よりもメンテに力を注いでいるようですから、提携の解除は既存製品へのパーツ供給に問題がなければ、さしあたっては大きな影響はないのかもしれません。川鉄商事が撤退する前のキューピットバレーで日ケのペアを架けたり、明らかに太平からのOEM供給と思われる製品を納めたりしていますから、よくわからない会社です。そういえば、同社のサイトの納入先には「コクド」と書かれているのですが、新設の実績はあるのでしょうか? メンテのみでのお付き合いではないかと思っているのですが。
樫山は今年になってから、実質的には索道業界に再参入となる関連会社を設立したわけですが、ライトナーとの提携ではないのでしょうか・・・

ポマのゴンドラで私が評価するのは、主に場内機械ですね。場内押送や自動車庫線の設計を見ていると、ポマのゴンドラは搬器形状をも含めたシステマチックで合理的な設計であることがわかります。ポイントの扱いも簡単そうで、たまたまかもしれませんが、私の見ている限りでは、安索のゴンドラでは営業中に貨物搬器の出庫や入庫を良く見ますが、日ケのゴンドラでは、貨物搬器の営業中の出入庫を見たことがほとんどありません。

圧索の乗り心地の評価は難しいですね。私の主観的には圧索輪1輪の通過時の振動は日ケの方が大きいと思います。ただ、安索のほうが1輪当りの荷重を小さくしているのか、輪数が多いような感じを受け、通過時間が長く、不快な振動が長く続くという結果になっているような気がします。あと、日ケでは圧索支柱の連続はできる限り避けている(連立圧索支柱はありますが)ようですが、安索ではわりと平気で圧索支柱の連続という線路設計をしているという印象があり、これも乗り心地の印象では不利なのかもしれません。搬器のこもり音は、おっしゃる通り搬器の材質かもしれませんね。ポマの機械にCWA搬器という組み合わせだった、大阪花博ゴンドラの場内機械や走行音がどうだったのか、体験しておきたかったと未だに悔やまれます。

最後にレインボーロープウェイの紹介ページありがとうございました。このページは知りませんでした。

投稿: こぶ | 2006.09.02 12:32

こんばんは。他でも紹介されていますが、サイトが更新されましたね。
安全土木工事についても吸収したようなことが記載されています。

先日石鎚スキー場に行ったら、Ansakuスカイケーブル、というゴンドラリフトが多数置いてありました。平成元年5月ということで、サイトの沿革で調べたら、海と島の博覧会(広島県)のもののようですね。私は同博覧会は行っていないので、搬器もみたことないわけですね。
石鎚の第4リフトは黒色の搬器で、椅子の番号にもAnsakuのロゴがありませんでした。どこかに安全索道の証拠がないかな?と思っていてふと上を見ると、グリップにAnsakuの刻印がありました。
第3リフトはもう少し前のタイプの搬器ですが、グリップに刻印がありました。
この刻印にもっと前から気がついていれば、今まで安全索道のようだけどメーカー不明、としていたものも確信がもてたかもしれません。

投稿: U君 | 2007.02.01 00:18

U君さん、コメントありがとうございます。
石槌に謎の廃搬器があるという話しは聞いており、海と島の博覧会ゴンドラの搬器ではないかと思っていたのですが、やはりそうでしたか。確か、安索初の8人乗りゴンドラでしたよね。
メーカー判別は、グリップや索輪の浮き出し文字も決めてになりますが、索輪は運転中だとまず読めないのが辛いところです。

投稿: こぶ | 2007.02.08 00:34

スカイケーブルの搬器は、海島博開催地広島のお膝元、芸北地区にもゴロゴロ転がっています。スキー場の係員詰所になっている他、バス停待合室になっているものもあり、自由に寛げます(笑)。大阪車輌製のようです。

更新サイトにもありますが、本社、工場ともこの春に守山に移転するそうです。現工場を索道記念館にしてくれないものかなあ。

投稿: tune | 2007.02.12 11:37

tuneさん、コメントありがとうございます。海と島の博覧会スカイケーブルの搬器は芸北地区にゴロゴロですか! 今シーズンは無理そうですが、なるべく早く探しに行ってみます。

この時期に移転と言うことは、きっと縮小するのでしょうね。現工場の跡地は売却でしょうか? 守山のどのあたりに移転なのでしょうね。

投稿: こぶ | 2007.02.13 22:09

こぶさん、こんばんは。

ゴロゴロといっても、石槌のように一箇所に何台もあるのではなく、何ヶ所かに散らばっているんです。前知識なしに通りがかったので「こんなところにある」「あ、ここにも」みたいな感じでした。バス待合の1つは、瑞穂ICからテングストンに行く途中でしたが、不案内な道をナビ頼りでしたので、別の2台は映像を見返しても思いだせない・・。多分適当に走れば当たります(笑)。銀嶺にも2台ありました。
私はどちらかというと、テングストンのガングロフ製救急専用搬器の方にインパクトを感じましたです・・。

゛安索8人乗り゛つながりですが、富士見高原には8人乗り搬器の安索試作機や、純正(?)ポマ版等が休憩室に使われています。おじろ・焼額架設のデモストレイト用と思われます。

投稿: tune | 2007.02.19 23:32

tuneさん、コメントありがとうございます。
端穂ICからテングストンは4~5年前に通っているはずなのに見過ごしてしまったようです。広島北部は未乗の特殊索道が多数残ってますから、また行くつもりですので、見る機会はありそうです。

富士見高原は10年ほど前に行きましたが、こちらも見過ごしていたか、まだ無かったのかもしれません。富士見高原にもまた行かなくては・・・

投稿: こぶ | 2007.02.26 06:51

小生もゴンドラ大好きです。
乗車も、メカやシステム的にも。
苗場のドラゴンドラなんて、これからの秋の季節最高です。

小生は、新潟市議会議員3期目で、
是非とも、都市交通の一画をゴンドラに
担わせたいと思っています。
楽しいと思いませんか?

是非、導入に向けてのご指導お願いします。
楽しい、夢のある話をしたものです。
佐々木薫 拝

投稿: 佐々木 かおる | 2013.09.25 12:23

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